
GLOBAL INNOVATION REPORT インドの決済エコシステムの発展に貢献する 日立グループの取り組み Hitachi Payment Services Pvt. Ltd. マネージングディレクター 兼 キャッシュビジネス担当チーフエグゼクティブオフィサー Hitachi Payment Services Pvt. Ltd. エグゼクティブバイスプレジデント Hitachi Payment Services Pvt. Ltd. マーケティング部門 責任者 Rustom Irani 下山 高寿 Tiju Easow サービス社。以下,HPY と記す。 )は,自社の安全かつ 1.はじめに 効率的な現金/デジタル決済ソリューションにより,市 民の QoL(Quality of Life)を高め,顧客の社会・経済 インドは,世界で最も急速に経済成長している国の一 的価値の向上に貢献することを一貫して追求している。 つであり,経済成長により,銀行・決済サービスに対す HPY の革新的な決済ソリューションは,インド社会の るニーズとその利用が増加している。インドでは,この 変化するニーズを満たす支援を行うことで,インドの金 10 年で銀行セクターのパラダイムシフトが起こってい 融包摂※2)と持続可能な成長に対して効果的に貢献し, る。オンラインペイメント,QR コード※1),UPI(Unified 日立のスローガンである「Powering Good」を推進して Payments Interface:統合決済インタフェース)などの いる。 デジタル決済テクノロジーは,利便性,通信速度,安全 性を高め,消費者のユーザーエクスペリエンスを変革し ※1)QRコードは、株式会社デンソーウェーブの登録商標である。 ている。 Hitachi Payment Services Pvt. Ltd.(日立ペイメント ※2)経済活動に必要な金融サービスをすべての人々が利用できるようにする取 り組み。 Vol.102 No.03 328-329 41 GLOBAL INNOVATION REPORT ル ID を提供し,銀行システムの利用も可能にしている。 2.インド政府の5兆ドル経済ビジョンと イニシアチブ PMJDY(Pradhan Mantri Jan Dhan Yojana:国民皆銀 行口座プロジェクト)は,金融包摂イニシアチブであり, 基本的な銀行預金口座,必要に応じた与信,年金などの デジタル技術に通じたインド国民(12 億件の携帯電 さまざまな金融サービスの利用を可能にする。テクノロ 話契約,5 億 6,000 万件のインターネット加入,3 億 ジーを活用した国民 ID 番号プログラムは,対象となる 1) 5,000 万台を超えるスマートフォン )は,包摂的なデ 政府給付金の送金を可能にするため,金融包摂において ジタル変革の大きな推進力となっている。インド政府の 最も大きな変革をもたらす。国民 ID 番号プラットフォー 電子情報技術省が発行した報告によると,インドのデジ ムは, 「Digital India」の主要な柱の一つであり,国内の タル消費者基盤は世界で 2 番目の規模を誇り,主要 17 すべての居住者に個別の ID が割り当てられる。インド か国で 2 番目に急速な成長を遂げている。多国籍企業か 政府は,これまでに 3 億 8,000 万以上の銀行口座を開設 ら政府機関, そしてあらゆる規模の新興企業に至るまで, し 4),12 億を超える市民 5)が固有識別番号庁(Unique インド企業ではデジタライゼーションにより,この先い Identification Authority of India)から国民 ID 番号カー つでも,機会をとらえて課題を解決する態勢が整いつつ ドの発行を受けている。 ある。これは,インド全体の経済規模を 2025 年までに Fintech(フィンテック)におけるデジタルインタ 5 兆ドルにするという政府の意欲的なビジョンとも整合 フェースが飛躍的に拡大する一方で,現金は引き続き, している(図 1 参照) 。 これまでの方法とデジタルの間のギャップを橋渡しする インド政府は,インフラ,デジタルサービスのアクセ ことになる。現在は,次のターゲットとなるインド市民 スの利便性の領域でデジタルリテラシーの改善を推進 5 億人の間で,正式な金融チャネルの利用を促す必要が し,大きなインパクトを与えている。KPMG 社の最近 ある。家計金融委員会の 2017 年の報告などによると, の報告によると,インドにおけるデジタル決済は,年平 インドの世帯において金融資産を保有する割合は 5%未 均成長率でみると取引量で 61%、取引金額で 19%増加 満であり,保険の普及率が極めて低いことが示されてい 2) している 。インド政府の政策シンクタンクである NITI る。今後はこうした状況への対策も求められる。 Aayog(The National Institution for Transforming India)によると,デジタル決済分野は 2023 年までに 1 兆ドル規模となることが見込まれている 3)。 3.日立マネースポットATMが ATMの普及を推進 銀行口座(Jan Dhan) ,国民 ID 番号(Aadhaar) ,携 帯電話(Mobile)の三つの番号を結びつける JAM 番号 人口が 13 億人を超えるインドでは,特に都市郊外部 トリニティでは,10 億人を超えるインド市民にデジタ と農村部において現金がまだ好まれており,多くの人々 にとって唯一の決済手段となっている。デビットカード の 発 行 は こ の 数 年 で 急 速 に 増 加 し て い る が,ATM 図1│デジタル化が進むインドでPOSマシンを利用する 商店 (Automated Teller Machine)の台数は同等の増加と なっていない。人口 10 万人当たりの ATM の数は,イン ドでは 18 台である。これに対して中国は 63 台,ブラジ ルは 81 台,日本は 107 台,オーストラリアは 132 台と なっており,ATM の普及という点でインドは他の市場 から後れを取っている。特に Tier3,4 ※3)地域の ATM がさらに少なく(人口 10 万人当たりで約 5 台) ,問題が ※3)インド準備銀行はインドの都市,農村を人口によってTier1からTier6に分 類しており,Tier1,2を都市,Tier3からTier6を農村と定義している。 42 より深刻となっている。 国内で金融包摂を拡大し ATM の普及を進める目的で, インドの中央銀行である RBI(Reserve Bank of India: 4.日立のMake-in-Indiaイニシアチブ ATM製造部門(ベンガルール,インド) インド準備銀行)と銀行の規制当局は,WLA(White Label ATM)の導入を承認した。これにより,民間のノ ATM 技術が発展するのに伴い,ATM の現金リサイク ンバンク企業は自社ブランドの ATM を国内で設置・運 ル技術も発達している。現金リサイクルは,主要な銀行 用できるようになる。WLA は主に郊外や農村地域で運 サービスの自動化を可能にし,効率的な相互運用性も提 用され,銀行サービスのタッチポイントとして金融包摂 供 す る。 つ ま り, 他 の 銀 行 が 運 用 す る CRM(Cash の拡大に貢献している。HPY は, 「日立マネースポット」 Recycling Machine)に現金を預けることができるよう のブランドで RBI から免許を取得し,WLA を全国で展 になる。CRM は,一貫した信頼できる現金のカウント 開できるようになった。HPY は Tier3 から Tier6 の地域 と偽造紙幣の検出を可能にし,RBI のクリーン紙幣政策 に重点的に ATM を設置している(図 2 参照) 。 を推進する。日本では既に CRM が普及しているが,イ 現在,HPY はインド国内で 3,100 台を超える WLA を ンドではまだ出金専用機が一般的である。しかし,近年 展開し,都市郊外部と農村部の市民に待望の銀行サービ では CRM を導入し,古い ATM と置き換える銀行が増 スを提供している。HPYは,WLAを展開することで社会 加しており,特に新たな ATM を展開する場合は,利便 イノベーション事業を推進し,インドにおける金融サー 性および良好なコスト効率と運用効率が求められている。 ビス利用の拡大に貢献している。さらに,自社開発の技 Make-in-India イニシアチブの一環として,日立のグ 術的に卓越したソリューションには,OT(Operational ループ企業である日立オムロンターミナルソリューショ Technology)× IT の専門技術が生かされている。これ ンズ株式会社は,インドのベンガルールにおいて, に は,デ ー タ 分 析 に よ る 設 置 場 所 の 選 定 や,Work ATM 製造会社として日立ターミナルソリューションズ Bench Management System(ATM の設置場所の調達 (インド)社を設立し,CRM の需要増加を支援している ライフサイクル管理で使用するウェブベースのアプリ (図 3 参照) 。 ケーション)が含まれる。 図2│「日立マネースポット」のブランド名で展開するWhite Label ATM Vol.102 No.03 330-331 43 GLOBAL INNOVATION REPORT 図3│日立のCash Recycling Machine 5.SBIとHPYの合弁会社が デジタル決済を推進 ンを提供することで,金融エンパワーメントの実現と, 人々の QoL 向上をめざす。同社では,ビッグデータ, アナリティクス,人工知能などの分野において,SBI の 卓越した販売ネットワークと顧客の信頼を,日立グルー デジタル決済分野は,テクノロジーの革新的な利用に プの最先端のテクノロジーおよびサービスと結び付け より大幅な前進を遂げている。UPI,NFC(Near Field る。これにより,日立がデジタル決済事業を拡大・加速 Communication:近距離無線通信) ,Bharat QR などの することが可能になり,同時にインド市場で強力な基盤 主要な技術によりデジタル技術の導入が拡大し,消費者 を得ることができる。SBI の巨大な顧客基盤を利用して, の取引方法に影響を与えている。Bharat QR は,相互運 インド国内のデジタル決済をさらに推進し,同時に新た 用性を備えた QR コードの決済ソリューションであり, なソリューションを開発して付加価値の高いサービスを 迅速かつ安全な決済を商店に提供する。UPI には 2020 提供できるだろう。 6) 年 2 月時点で 13 億件 を超える取引があり,導入時か SBI-PSPL 社は,POS(Point of Sale)端末,Bharat ら大幅に拡大している。UPI は,即時の決済システムで QR,UPI(人から商店への決済) ,BHIM Aadhaar ※4), あり,NPCI(National Payments Corporation of India: 電子料金徴収,交通,オンライン決済統合などのデジタ インド決済公社) が開発した。こうした取り組みにより, ルサービスにより,すでにインドの決済分野に貢献して 人口 1 人当たりのデジタル取引は 2014 年の 2.4 回から いる(図 4 参照) 。インド政府が最近立ち上げた NCMC 2019 年 の 22.42 回 に 増 加 し,2021 年 ま で に さ ら に (National Common Mobility Card:全国共通交通カー 7) 10 倍に拡大する可能性がある 。 ド)は, 「一つの国,一つのカード」イニシアチブとも呼 「人々の生活を改善する」というビジョンを掲げた ばれ,SBI-PSPL社はこれを支援するために,qSPARC HPY と SBI(State Bank of India:インドステイト銀行) 2.0 ※5)標準に基づくオープンループのカードベースのチ は,インドにおける最先端のカード決済と将来に備えた ケットシステムを開発した。このオープンループシステ デジタル決済プラットフォームの確立をめざして,JV (Joint Venture: 合 弁 会 社) で あ る SBI Payment Services Pvt. Ltd.(以下, 「SBI-PSPL 社」と記す。 )を立 ち上げた。SBI-PSPL 社は,デジタル決済ソリューショ 44 ※4)商店向けの決済インタフェースで,商店はAadhaar認証を通して店頭取 引でデジタル決済が可能となる。 ※5)インド決済公社が開発したカード向けICチップの標準仕様で,2.0はその 最新バージョン。 図4│インド国内の決済分野で貢献するSBI-PSPL社のデジタルソリューション ムは,交通と小売の両方の決済で同じカードを使用でき るようにし,さらなる利便性をもたらすことを目的とし て設計されている。 4)Pradhan Mantri Jan Dhan Yojana(PMJDY), https://pmjdy.gov.in 5)Unique Identification Authority of India, https://uidai.gov.in 6)UPI transaction numbers as per NPCI data, https://www.npci.org.in/product-statistics/upi-productstatistics 6.おわりに 7)M. Jain: Fintech in India – Powering mobile payments, KPMG (2019.8) HPYは,社会イノベーション事業により,インド国内 で堅牢な決済インフラを構築することで,多くのインド 市民に向けた金融包摂の促進に貢献している。ATM サー ビス,CRM,WLA,POS ソリューション,インターネッ ト決済ゲートウェイソリューション, 料金・交通ソリュー ションのいずれであれ,HPY のサービスは,コストを Rustom Irani Hitachi Payment Services Pvt. Ltd. マネージングディレクター 兼 キャッシュビジネス担当チーフエグゼクティブオ フィサー 現在,最高経営責任者としてHPYの経営に 従事。 最適化し, 顧客の銀行エクスペリエンスを高めることで, チャネルの効率を向上させている。HPY は,エンドツー エンドの高度な決済ソリューションのエコシステムを構 築するうえで重要なパートナーとなっており,インド政 府の Digital India イニシアチブに貢献していく。 下山 高寿 Hitachi Payment Services Pvt. Ltd. エグゼクティブバイスプレジデント 現在,インドにおける金融事業の企画立案・ 日立グループのシナジー創出事業に従事 参考文献など 1)N. Kaka et al.: Digital India: Technology to transform a connected nation, McKinsey Global Institute(2019.3) 2)KPMG REPORT – The KPMG report is titled – `Fintech in India – Powering mobile payments (2019.8), https://assets.kpmg/content/dam/kpmg/in/pdf/2019/08/ Fintech-in-India%E2%80%93Powering-mobile-payments.pdf Tiju Easow Hitachi Payment Services Pvt. Ltd. マーケティング部門 責任者 現在,ブランド戦略,広報,顧客フォーカスイニ シアチブに従事 3)NITI AAYOG:The growth rate in digital payments has been taken from a press release by Niti Aayog, Government of India (2018.7), https://pib.gov.in/Pressreleaseshare.aspx?PRID=1540879 Vol.102 No.03 332-333 45